ACT.1 序章
アニメファンに限らず、『トムとジェリー』(以下T&J)シリーズを見た事がない人は、まずいないであろう。すでに何度となくリピート放映され続けているし、子供の頃に誰しも一度は熱狂した思い出を持っているのではなかろうか。
しかし、その中の幾人がこれらの作品群がどの様な人々によって世に送り出されたのかを正確に知っているのであろうか。T&Jが良く出来たテレビアニメだと思っている人が実に多いのだ。(読者の大半は、物心ついた時からテレビがあった世代であろうし、実際テレビ版のT&Jもあるので無理からぬ事だが。)
T&Jは、映画館のスクリーンに映写される事を前提として制作され日本でも劇場公開されている、れっきとした劇場用漫画映画(これを向こうでは、Cartoonと申します。)なのである。故に、画面サイズや発色などの点で現在のテレビ放映は、ずいぶん損をしているのである。我々は、この事実をもっと公にしていく必要があると思う。
こういう誤解を招く原因の一つは、オリジナルタイトルを切り取っていい加減な邦題を付けて放映するテレビ局にあるのは当然だが、アニメファンの間でもそういった外国短編ギャグアニメが大衆的であるが故に軽んじられ、研究が遅れているという現状がある。距離的、言語的障害は、もとより大きいものであるのだが…。
そういった現状認識を踏まえつつ本論に入っていく訳である。
ACT.2 TOM&JERRYに至る話
T&Jの歴史を語るのは、そのままMGMアニメ部門の歴史を語る事であるという言い方は、幾分大げさ過ぎる気がするが、やはり一面の真理ではある。(とくにその盛衰史的観点からすれば。)
MGMは、洋画ファンにはお馴染みの名前なのだが、一応解説すると“MetroGoldwyn Mayer” の略称で米国の大手映画会社の一つであり、トレードマークが映画の冒頭でライオンが「ガオー!」と吠える会社といえば、お分かりでしょう。その漫画映画部門でT&Jは、作られたのである。だから、T&Jのオープニングでトムさんがわっかの中で「ニャオーン!」と鳴くのは、その由緒正しいパロディという訳である。 だけどこれオリジナルフィルムには無いんですよね。どうやら米国でのテレビ放映時に付けられた物らしい。他に本編中でもジェリーがこのパロディをやる巻がある。『猫はワンワン犬はニャーオ』Switch’n Kitten(’90)
だが、それには、ジーン・ダイッチの記念すべき第一作と云う意味が込められているのだろう。
MGM漫画映画部(以後特に断わらない限りMGMをこの意味で使う。)の制作者フレッド・クインビーは、ディズニーやフライシャーの様に自身がアニメータである作家兼製作者ではなく、純然たるプロデューサーであると考えられるので、その作品について語るならハナ=バーベラやテックス・アヴェリー等の演出者について語る方が適切なわけである。
アヴェリーについては、後日特集を組む予定なのでここでは触れない。(編集長どうなんですか?)
1940年にアメリカ映画界でちょっとした異変が起こった。それまで、ディズニーに独占され続けていた漫画映画のオスカーをMGMの作品が奪ったのだ。『あこがれの銀河』MilkyWay(’40)である。
このオスカーが初めてディズニーの手から離れたという事実は、当時の若手作家たちが、ようやくディズニーの亜流から脱し独自の路線を確立してきた証と言えるだろう。
ACT.3 TOM&JERRYの歴史
さてT&Jシリーズの大部分の演出を受け持ったのが、ハナ=バーベラ(以下H&B)である。建築技師出身のW・ハナは、はじめハーマン=アイジングのスタジオにおりJ・バーベラは、計理士業の傍ら雑誌の投稿で活躍していた。前後してMGM入りした二人が顔をあわせたのは、37年頃である。これ以降ハナがストーリー兼演出、バーベラがアニメート兼演出という名コンビが誕生する。T&Jシリーズは、実に二十数年間にもわたって製作が続けられたために年代ごと作家ごとに画風の違いがかなりはっきりと現われている。
T&Jシリーズは、画風、作風の相違によって大きく五つに区分できる。デビュー作は、『上には上がある』Pussgets the Boot(’39) でタイトルは、『長靴をはいた猫』のパロディを意味するのだろう。これ以降58年までに公開された作品は、全てH&B演出による本命版でこれが全部で114本あり、更に作風によって初期、中期(最盛期)、末期に分類出来る。ただしこの境界は、あまり明確ではない。H&BがMGMを去ったのは、56年だからこれは矛盾しているようだが、MGMに相当数のストックがあり徐々に公開したと考えれば辻褄は合うわけだ。
次にジーン・ダイッチ(Gene Deitch)が、チェコのスタジオに出向き製作した13本、これは、一目でそれと分かる絵柄で内容的にみるべき物は、殆どない。しかし、製作費が安いと言うだけでカートゥーンの製作を共産圏に発注してしまうとは、余りに乱暴なやり方ではなかろうか。
最後にチャック・ジョーンズその他が、演出した34本である。彼は、ワーナーで『ロードランナー』シリーズ等の傑作を演出していたのだが、MGMに移ってからは、冴えが無くこのT&Jも凡作に終わっている。結局、H&Bが敷いた路線に彼の作風を無理矢理押し込んだために奇妙な味わいのT&Jが出来てしまったのである。C・ジョーンズ作品に特徴的なのは、ジェリーの体型と表情がワーナー漫画に登場する「トゥイーティ」というカナリアにそっくりな事だろう。そういえば、トムも「シルベスター」に似ていなくもないな。
H&Bは、MGM時代にT&J以外にも何本か作品を発表しているが、まず殆どT&Jにかかりっきりだったと言って良いだろう。彼らは、56年でT&Jから手を引きハナ=バーベラ・プロダクションを設立してテレビ漫画に転身、今や「テレビ界のディズニー」と呼ばれる程の隆盛を誇っている。H&Bプロの名を知らなくても『宇宙家族』や『スカイキッド・ブラック魔王』等は、御存知でしょう。
表に、T&Jの年代別特徴をまとめてみた。
年代 | 区分 | 本数 | 演出 |
特 徴 |
1940 (1939) 1943 1952 1958 1962 1967 |
初期 | 144 | ハナ&バーベラ | トムが野性的で、重量感があり、黒人のメイドが足だけ現れる。 アニメート自体は、丁寧で大変良く動くのだが、それが作品自体の面白さと結びつかないで、ただそれだけに終わりがちである。 まだ、パターンが確立されておらず、ギャグにも今一つパンチがない。 |
中期 | 43年頃から面白くなり始め、45年以降本調子。 H&Bが最高に乗っていた時期で、次々とアカデミー受賞作を出した。 トムのキャラクターは、洗練されて嫌みがなく、ギャグのアイデアも秀逸の一言。 背景も大変美しく、完成度が高い。 ニブルス、子猫、アヒルに小鳥と、サブレギュラーに魅力溢れるキャラクターが続出した。 40年代末から、ギャグにT.アヴェリーの影響を強く受けるようになる。 |
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末期 | 単純化された硬質の絵柄、現在のハナ&バーベラプロのテレビ用漫画に近い顔をした人間キャラクターが登場する。 「赤ちゃんシリーズ」等、トムとジェリーが基本パターンである猛烈な追いかけっこをしばしば止めてしまう様になってくる。 背景も雑になり、色もどぎつくなる。 |
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13 | ジーン・ダイッチ | 絵柄、演出ともまるで違い、一目で見当がつく。 共産圏のセンスでギャグアニメを作らせるとこうなるのか。 全編一種異様な雰囲気が漂っており、グロ趣味の人向き。 「猫はワンワン犬はニャーオ」Switchin’Kitten(’60)は、その中で拾い物の一本。 |
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20 + 14 |
C.ジョーンズ他 | ジェリーのキャラクターがかなり変わり、ワーナー漫画的な演出が目につく。 作品としては、一応見れるが、本家版には遠く及ばない。 67年でMGMの漫画部門は閉鎖される。 |
(注)年代は、資料の関係から公開年に統一した。また、この分類は、極めて大まかなものであり、ハナ&バーベラの年代区分は、M.T氏の分類を参考にした。これに加えて、テレビ版のT&Jがあるのだが、論じる価値もないようなので省いた。()内は、制作年。
ACT..4 TOM&JERRYのギャグ
さてようやく話は、本題のギャグ論に入るわけだ(これが書きたかったのよね)。予めお断りしておくが、ここで論じるのはH&Bの作品に限定する。
T&Jのギャグは、本質的に健全でオーソドックスな物であり、つまりはディズニーのギャグ・アニメにさらに一層の磨きをかけた物であると言える。その発想は、概ね観客の想像力の範囲から逸脱する事はなく、従って観客は安心してトムとジェリーの攻防を見ていられるのである。
トムとジェリーは、お互いに攻撃と防御に分かれて過激な闘争を繰り広げるわけだが、一本の作品中でも攻守はしばしば入れ替わり一方的に優位に立つ事はない。一方が戦意を無くするまでに追いつめられると優勢だった方がフェアプレーの精神を発揮して助けに入るか、良識的な第三者(スパイクとか)が調停に入るため、観客はある程度の嗜虐心を満足させつつもその道徳的良心の妥協範囲に留まれるわけである。
このような絶妙なバランス感覚によってT&Jは、作品的に成功し、人気を得る事が出来たわけであり、同じMGMのテックス・アヴェリーが卓抜したギャグセンスを持ち、後期のT&Jすらその影響を逃れる事は出来なかったにも拘らず、一部に熱狂的なファンを産みつつもついにオスカーを取り得なかったのとは対照的といえる。
年代順にみていくと、初期のT&Jは2作目において既に基本的なパターンとキャラクターは、確定しているがギャグは、伝統的な漫画映画の発想から抜けでておらず余り面白くない。ただ『お化け騒動』Fraidy
cat(’42) で強力な掃除機に吸い込まれそうになったトムから抜けでた魂が9体いて1から9まで番号が振ってあるというギャグは笑えた。(猫は9の命を持つと言われているのを知らないと面白くないが…。1番の魂がお茶目だ。)
T&Jが、最初にオスカーを授賞するのは、『勝利は我に』Yankee Doodle Mouse
(’43) によってである。T&Jはこの時点で既に完成していたといえよう。この作品は、T&Jのギャグの王道とも言える見立てギャグの集大成であり、例えば電球の爆弾、シャンペンのロケット砲、ガス管の潜望鏡、王冠のヘルメット、下ろし金のジープ、バナナのミサイル、花火の高射砲、ブラジャーのパラシュート等、よくここまで思いつけるものだと感心する位徹底的である。
また当時の漫画映画には、人種差別的なギャグが多く、T&Jも例外ではないが、当時の感覚ではこれも普通なのであろう。特に黒人ネタの見立てギャグは、T&Jでも殆ど2回に1回は出てくるのではないかと思われる程ポピュラーであるので、この辺まで規制がかかってしまうと当時の米国ギャグアニメは、ほとんど放送禁止になってしまうのではないかと心配している。
この後、一定のレベルで作品が発表されていたT&Jが、さらに一段と進化したのは、『アカデミー賞ピアノコンサート』TheCat Concerto(’47) によってである。この作品でH&Bは、ギャグとクラシックの完全なシンクロという快挙を成し遂げたのであり、オスカーは当然だろう。
そして、40年代も末になるとT&Jのギャグ手法にも変化が現れてくる。それまでは、フルアニメを生かしたダイナミックな動きを基調にした動きによる面白さを追求したギャグであるのに対し、後半では、アヴェリー風のプラスチック感覚の変形と破壊によるオーバーな表現を取り入れH&B流にうまく消化してギャグのパワーアップに成功している。
変形ギャグのお勧め作品は、『おかしなあひるの子』Just Ducky(’53) で泳げないアヒルの子をトムが食べようとする話なのだが、とにかくトムさんがめったやたらに変形しまくるので楽しめる。
作品中で傑作なギャグはこうである。ジェリーが葦の茎を口にくわえて水中に隠れているのを見つけたトムが、思いきり息をそこに吹き込むとジェリーがボールの如くパンパンに膨れ上がり、逆にジェリーが吹き返すと今度は、トムの顔が丸く膨れる。そこへ、アヒルの子が安全ピンの針を突き立てると風船よろしくトムの顔が一気にしぼみ小さくなってだらんと垂れ下がるという大爆笑もののギャグである。
(文章で書くとつまらないので作品を見てください。^^;)
これなど本来ありえないはずの質感を的確にアニメート出来る技術がないとまったく成り立たないギャグであり、昨今のテレビアニメでは望むべくもないものである。
その他にも目玉にバネが付いて飛び出すとか、トムが輪郭だけ残して割れてしまうといったギャグは、アヴェリー譲りのものだが、間合いが絶妙でとにかくおかしい。どうもアメリカ人というのは、天性のギャグ感覚を持っている様に思える。56年頃から顔のある人間キャラクターが登場し始め、さしものT&Jも従来のレベルを維持できなくなり下降線をたどる事になる。
いつも疑問に思っているのだが、どうして米国のアニメというのは動物のキャラクターは、非常に愛らしいのに人間のキャラクターは、全く魅力がないのであろうか(唯一の例外は、ディズニーのアリスだ)。
ACT.5 終章
T&Jは、良質のギャグアニメとは何かを教えてくれた。また同時に放映された作品によってアヴェリーの麻薬的なギャグの味も知ることが出来た。
過去にばかり目を向けるのは、良くないことかも知れないが、T&Jは米国漫画映画の黄金時代の輝かしい金字塔であるということは間違いないだろう。