T&Jの随所には、ディズニー漫画映画の影響が見られる‥‥‥なんてことは、私がここに書くまでもない。森卓也氏も著作『アニメーションのギャグ世界』の中で、T&Jのエピソードとディズニー作品の類似点を挙げ、「ディズニーから頂いたスタイルを武器に、ディズニーのパロディーを試みているようにも見えるのだ。」と述べ、その作家性の違いにも言及している。
しかし、われわれは「T&Jを先に見てしまった世代」である。ディズニー作品をあまり見ていないため、後からわかったことも多い。
なにしろ、ドナルドやミッキーに触れるのは絵本や講談社発行の、『ディズニーランド』という学習雑誌。
金曜の夜8時、隔週で放送される『ディズニーランド』という番組はあったがあまりアニメを見た記憶はない。(若い人には信じられないだろうが、同じ時間枠でプロレス中継と交互に放送されてたのである。)
後に『ディズニー・パレード』という30分番組もあったのだが、これも記憶が正しければ静岡では1回しか放送していないので、再放送回数記録保持者であるT&Jのインパクトには及ぶべくもない。(これまた若い人には信じられないだろうが、夕方6時には家族揃って食卓を囲み、T&Jなどの再放送を見ながら夕食をとっていたものだ。)
閑話休題。
ディズニーの『アカデミー賞短篇集』というLDかビデオ(もはや死語か…)を未見であったら、ぜひ見て頂きたい。ディズニーから頂いたスタイルというのが実感できると思う。
以下、いくつか実例を挙げよう。
●『三匹の親なし子ねこ』Three Orphan Kittens(’35)
雪の日、三匹の捨て猫がある家に逃げこみ、いろいろいたずらをする話。言い方があべこべであるが、この作品はいろいろな意味でT&J的である。知らない人が部分を見たら、「これ、トムとジェリー?」と勘違いしそうである。
?猫は猫である!
この作品の最大の特徴は、猫が四つ足であり、言葉をしゃべらないこと。おかだえみこ氏は、LDの解説で「<擬人化されない動物>を、リアルな動きを基本としてアニメートした作品の初登場。」と書いている。まさに初期のT&Jにおけるトムの描き方に通じるではないか。
ミッキーマウスに代表されるアメリカ漫画映画の主人公たちは、大半が2本足で歩き、人語を話し、服まで着ているミュータント・アニマルズである。<単なる猫>から人気キャラクターになったトムの特異性は、この作品に原点があったのでは、と思われる。
?足だけおばさん!
猫たちをつまみ出しに、黒人のメイドがやってくるのだが、その体型といい動きといい、まさにT&JにおけるMammyTwoーshoesのオリジンである。
人物の顔は見せない、という演出方法がT&Jの第1作が発表される4年前のディズニー作品にあったということはT&Jを先に見ている世代にとってはちょっとした驚きである。
・食卓がリングだ!
小動物の視点から見れば家の中も夕食の食卓も楽しい冒険の舞台になる。この作品がT&J同様ほとんど家の中で展開しているのも見逃せない。
また、子猫たちがテーブル上で繰り広げるいたずらは、『台所戦争』The LittleOrphan(49′)に代表される、ニブルス(タフィー)の食卓上でのギャグに通ずる。好奇心ゆえの失敗がユーモアやギャグになるわけだから、子猫たちやニブルスのように幼いキャラクターにはうってつけの舞台ではないか。
・ピアノとの格闘!
3匹が自動ピアノと格闘する場面はまんま『アカデミー賞ピアノコンサート』TheCat Concert(47′)のオリジンである。
ピアノのハンマーにつかまって尻を叩かれるあたりそっくりだ。ディズニーの方がかわいいのだけれど、T&Jのバイタリティとたたみかけるようなテンポは元祖を凌駕している。
ハナ=バーベラは、『可愛い子猫と思ったら』Triplet Trouble(’52)で子猫3匹のいたずらを描いているが、これはパロディーなのだろう。ディズニーの3匹とは比べものにならない凶悪さである。
●『田舎のねずみ』The Country Cousin(’36)
『赤毛布の忠さん』というタイトルで劇場公開されている。(赤毛布とはオノボリさんのことだそうである。)田舎ねずみのエイブナーが都会のいとこをたずねる。原作は有名な寓話であり、テックス・アヴェリーの『田舎狼と都会狼』はこれのパロディーの傑作。
ここで連想されるのは、『ジェリー街へ行く』Mouse in Manhattan(’45) である。田舎暮しに飽きたジェリーがブロードウェイで一旗揚げようとマンハッタンにやってくる話だが、シチュエーションがそっくりであり、ハナ=バーベラもかなり意識していると思われる。しかし、今回2作を見比べてみたが、直接のパロディーになっているとは言い難い。それよりも、『田舎のねずみ』におけるディナーテーブル上で展開するギャグが『台所戦争』などに与えた影響の方が大きいと言えるだろう。
とは言え、都会の雑踏の中逃げ惑う場面は共通している。フライシャー兄弟の『バッタ君町に行く』Mr.BugGoes to Town (’41)からも影響を受けているように思われる。
●『プルートのなやみ』Lend Paw (’41)
ミッキーマウスの飼い犬であるプルート。こいつはかなり情けないキャラクターである。どこが情けないって、ねずみに飼われている犬なんぞ、アニメ界広しといえど彼だけである。彼の立場の弱さと人(?)の良さは、どこかトムに通ずるものがあるが‥‥‥。
この作品はプルートが捨て猫を拾う話だが、シチュエーションとしては『親切なトム』Puppy
Tale (’54)での捨て犬を拾うジェリーの話に共通点があり、前述の森卓也氏の著書で演出の違いまでスルドク分析されている。
注目されるのは、嫉妬心にかられるプルートに、耳元でささやく天使と悪魔。その姿がプルートのコスプレ(!)である点、T&Jでよく使われる手法そのままである。天使と悪魔はすなわち自分の心の善悪である、というキリスト教的演出だ。ただ、この手法がディズニー・プロの創作か、と聞かれても断言はできないのである。
ディズニーの影響、というがそもそもMGMの動画スタジオのルーツはディズニーにあることは本書を読んでいただければおわかりだろう。
アブ・アイワークスの『かえるのフリップ』、ハーマン=アイジング『ハッピー・ハーモニー』と、ディズニーから脱退した作家が当時のディズニー以上にディズニーした作品を配給したのが発端であり、自社スタジオを作るにあたってもディズニー系の作家を起用している。そのスタイルが継承されたとしても無理からぬことである。
しかし、アカデミー賞を独占していたディズニーも衰えを見せ、’40年には本家ディズニー派・アイジングの『あこがれの銀河(小ネコの風船旅行)』TheMilky Way にオスカーを取られてしまう。
同じ年に誕生したT&Jが、その後アカデミー賞を取りまくってしまうのは象徴的だ。T&Jはハーマン=アイジングのスタッフから誕生し、ディズニーの血を継承してはいたが、ハナのディズニー的な優しさ、バーベラのギャグが一体となり、新しい時代の漫画映画として成長していったのである。