以前、輸入版の『トムとジェリー』のビデオを見たという友人から、すねから下しか見えない「黒人の女中」が、別なキャラクターに変わっているという話を聞いた。レーザーディスク社(現パイオニアLDC社)から出ている2枚の『トムとジェリー』のLDを見たところ、彼の話通りに、?足だけおばさん″が消えていた。VOL.2の『サタデー・ナイト・パーティー』(テレビ放映タイトル『土曜の夜は』)という作品でである。その代わりに、白人の娘のベビー・シッターが登場していたのである。
このことは、マールティンの文章でも触れられている。しかし、このLDの解説は、森卓也氏が書いているが、このことには一言も触れていない。それどころか「メイドが夜遊びに出た……」と解説しているのである。森氏は、この解説を書いた時点では、?足だけおばさん″が描き直されていることに気づいていなかったようなのである。
また、テックス・アヴェリーの作品のビデオを直輸入して見た別の友人の話では、黒人の身体的特徴を誇張してギャグにしている部分がなかった、とのことである。黒人に対する差別表現ということで、描き直されたり、瞬間的なギャグの場合は削除されたりしているのである。このことは、人種差別がなくなっていない以上充分理解できることだが、オリジナルの形を見れないということでは残念なことである。
しかし、日本のテレビ放映版では、そのような描き直しはなかったし、削除もなかった。マールティンによればテレビ放映時に直されたことになっている。また、「ザッツTVグラフィティ」(乾直明著フィルムアート社)の巻末のリストによれば、1964年にMGMがテレビ用にまとめたものが、そのまま同じ年に日本で放映されたことになっている。これ以外に手がかりがないので、次のように推測する。
1)アメリカ本国でも、最初のテレビ放映はオリジナルのままだったが、問題になったので、自国で放映する分だけその後手直しをした。
2)日本の輸入業者に渡すときには、手直ししたフィルムがまだ出来ておらず日本のテレビ放映では問題は起こらないと判断して、オリジナルのフィルムを渡した。
3)まったくのまちがいで、オリジナル版が日本の業者に渡った。
劇場で『トムとジェリー』あるいは、テックス・アヴェリーの作品を見ることができなかった我々にとっては、このことは非常な幸運であった、と言えるだろう。オリジナルの形で作品を楽しめる上に、LDは多分アメリカ本国で作られたものをそのまま発売していると思われるので、黒人に対する差別と認定された表現も確認できるのであるから。もっとも後者については、アメリカ本国で販売されている8ミリ・プリント版はまったくのオリジナル版であるので、向こうでも家庭で比較して見れるわけだけれど。
ところで、ヘラルド・ポニーから発売されている『トムとジェリー』のビデオを4巻目まで見てみたら、なんと?足だけおばさん″がそのまま登場している話があった。別ページのリストのように、1、2巻は先に発売されていたLDとまったく同じ内容である。問題の作品は3巻目の『はしかの流行』(テレビ放映タイトル『ウソをついたら』)である。この作品で明らかなことは、すべての?足だけおばさん″が描き直されたわけではなかった、ということである。
これでわからなくなってしまったのである。典型的黒人メイドとして描かれていたために描き直しの対象となったと思われるのに、生き残っている作品があるのである。いったいどういうことだろうか。
考えるに、この作品、いかにもメイドを思わせる形では?足だけおばさん″は登場しておらず、他の登場作品を見ていない限り、トムの飼い主としか見えないのである。また、その登場時間はほんの僅かである。多分これが描き直しを免れた理由であろうと思う。
しかし、この3、4巻が日本で独自に作られたとすると、そんなに話は複雑ではなくなる。日本でのテレビ公開版のフィルムをもとにしたとすれば、何も直されていないのだから。
これらの問題、いったいどの作品がどのように直されたのかということ、日本のテレビ放映版はなぜオリジナルのままであったのかということ、については、例えば、MGM本社に聞くとか配給会社に聞くとか考えられるが、ちゃんとした回答が果たしてされるだろうか疑問である(と書いて誤魔化してしまおう)。
[改訂増補版の補足:輸入版のハナ=バーベラ作品全話収録のLDを見てみると、『土曜の夜は』SATURDAY
EVENING PUSS のみが描き替えられてる。どうやら、仕事を放り出してカードゲームに出かけてしまうということがまずかったようである。]